- この記事に書いてあること
ファミコン通信(ファミ通)の思い出。
ゲーム誌はファミコン通信でウッドボール(き・ま・り)。
ファミ通がとうとう40周年。こんなに長く続く雑誌ってなかなかないと思います。
今回は40周年を祝ってファミ通の思い出を振り返ります。
ファミコン通信誕生(僕の小学生時代)
ウィキペディアによるとファミ通が生まれたのは1986年6月6日。あのころは「ファミ通」じゃなくて「ファミコン通信」でした。
その名のとおりファミコン(ファミリーコンピュータ)の雑誌。誕生の前後に発売されたファミコンソフト(ディスクシステム含む)はこの辺り。
- 5月15日 セクロス
- 5月27日 ドラゴンクエスト
- 6月3日 スーパーマリオブラザーズ2
- 6月3日 バードウィーク
- 6月3日 B-WINGS
- 6月13日 スターソルジャー
- 6月13日 魔界村
- 6月20日 スーパーチャイニーズ
- 6月26日 チョップリフター
- 6月26日 スクーン
- 7月3日 かんしゃく玉なげカン太郎の東海道五十三次
このころの僕は小学生。まだドラクエと出会う前(プレイ開始は翌年2月)で、ファミコンは「いろいろある遊ぶ手段の1つ」くらいでした。
ゲームの攻略本はちょくちょく読んでいました。徳間書店の「必勝テクニック完ペキ版」とか。
しかしゲーム雑誌はどうだったか……
そんな調子なので、小学生のころの僕はまだファミコン通信と出会っていなかった可能性が高いです。
スーファミ発売へ(僕の中学生時代)
僕が初めてファミコン通信を買ったのは中学生のころ。それまで読んでいたゲーム雑誌から乗り換えたんだと思います。
前に読んでいたのは多分ファミコンチャンピオン。1989年8月号で休刊になっているので時期が合います。
具体的な時期は1989年10月14日から1989年12月末まで間のどこか。限定できる理由は、読み始めたころ桜玉吉さんがゲーム漫画「しあわせのかたち」で遊遊記(10月14日発売)を扱い始め、話がちょっと進んだところで主人公に「あけましておめでとう!」と言わせていたからです。

この記事を読んでもらえればわかるとおり、僕はしあわせのかたちに滅茶苦茶ハマりました。
ゲーム攻略記事も読者投稿ページ(ゲーム帝国)も裏技コーナー(禁断の秘技)もクロスレビューも面白かったんですが、僕にとっては「まずしあわせのかたちを読む!」という雑誌でした。
鈴木みそさんの「あんたっちゃぶる」が始まったのはいつだったですかね……鈴木みそさん自身は作中で「しあわせのかたちの代原(代理の原稿)として始まった」と振り返っていたような気がします。
当時の僕にとって鈴木みそさんはファミコン必勝本(必本)でイラストを書く方。なじみのある方が連載を始めて嬉しく思いました。
荒井清和さんの「べーしっ君」、吉田戦車さんの「はまり道」、片山まさゆきさんの「大トロ倶楽部」も楽しく読んでいました。

はまり道の「やらずにすむゲームはないか?」は名台詞だと思います。
名作漫画の話ばかりしている……僕にとって漫画はファミコン通信の重要な部分だったんだと思います。
投稿はどうだったですかね……僕は大人しい少年だったのでできなかったのかもしれません。
1990年11月21日にスーパーファミコンが発売され、ゲーム雑誌は「スーパー」を付けることもありました。「ファミコン必勝本→HiPPON SUPER!」という感じ。
一方、ファミコン通信はファミコン通信のままです。
週刊化と「ファミ通」の名前(僕の高校生時代以降)
ファミコン通信が何も変わらなかったわけじゃなく、1991年に週刊化されました。ウィキペディアによると7月12日らしいです。
この週刊化後第1号を僕は買いました。しっかり覚えています。休載になっていたしあわせのかたちがその号で復活したからです。ここからゲームを扱うことは少なくなってしまいますが……
ファミコン通信の漫画に注目していたのは僕だけじゃなかったようで、いろいろな漫画が連載されました。
特に覚えているのはこやま基夫さんの「電子妖精アバタモ☆エクボ」や永井豪さんの「ゲーム戦士アニマード」です。
アバタモエクボはヒロインのかわいさが印象に残っています。主人公もゲーム好きで好印象。
アニマードはお色気要素も特徴的ですが、それより「謎の機械でゲームの中に入る」という部分が後のいろいろな作品っぽいです。
水玉螢之丞さんのコラム「水玉紳士録」も好きだったっけな……ゲーム世界が面白い方向に広がっていく感じ。
「やりこみゲーム大賞」には驚かされていました。あのころはMP4なんかなくてビデオに録画して投稿する形式だったので、送る方も受け取る方も大変だったはず。
その後セガサターンやプレイステーションが発売され、ファミコンは昔のゲーム機になっていきました。
ファミコン通信も「ファミコン」という名前のままじゃいられなくなったのかもしれません。1995年12月に名前が「ファミ通」になりました。
「ファミコン」という名前じゃなくなり、いつだったか職場で会った子は「ファミリー通信の略?」と思っていました。
しかし僕たちファミコン世代は「ファミ」が「ファミコン」のことだと覚えています。
まとめ
気が付けばファミコンが現役だったのは随分昔。ゲームボーイアドバンス、DSと3DS、PS1から何段階も進化したPS5、Switch1にSwitch2……と、いろんなゲーム機が登場しました。
いくつものゲーム機と過ごしてきたファミコン通信=ファミ通には、これからもたくさんの名作と出会わせてくれる雑誌であり続けてほしいです。



コメント