- この記事に書いてあること
脳内で物語を作ることの例。
脳内なので好きにやっていい。
やめる方法はある。しかしやめさせるのは難しい。
僕は以前に脳内設定の記事を書きました。
その記事は今もときどき読まれていて、PVを少しずつ増やしています。
今回はもう1歩踏み込んだ話として「脳内設定の物語を頭の中で作って動かすこと」を記事にしようと思います。
第1の時期(小学生のころ~高校生の途中)

子供のころの僕は自分の好きなことを家族から馬鹿にされることがよくあったので、隠れて遊ぶようになりました。
そうしているうちにたどり着いたのが「ゲームのキャラたちの日常や新しい活躍を空想する」という遊び方でした(重い話から入って申し訳ありません。ここだけなのでご安心を)。
よくやっていたのは、当時の僕が好きだったゲームのドラクエと他のいろいろな作品をくっつけ合わせること。ドラクエは主人公(たち)の名前を決められるのでちょうどいいです。
ドラクエ1やドラクエ2の主人公には漫画とかのキャラ名を使っていません。
しかし「主人公には旅の仲間じゃない友達もいる」みたいな脳内設定にしていろいろなキャラクターを脳内の物語に登場させていました。
どんな物語だったのか、少しだけ振り返ってみます。
- ゲームクリアするまでの間、僕がファミコンの電源を切った後で主人公たちがどんなふうに過ごしているか。
- ゲームクリア後、主人公たちがどんな生活を始めたか。
「電源を切った後」って何のこと? と思うかもしれません。
どうぶつの森を例にするとわかりやすいはず。どうぶつの森は電源を切った後も村が消えたり止まったりせず、電源をまた入れるまでの間に村人が増えたり減ったりします。
それと同じで(当時はまだどうぶつの森なんてありませんが)僕は電源オフ後もゲームの世界が消えていないと考えたわけです。
そんなふうに考えるくらいなので、ゲームクリア後のことを考えるくらい楽勝でした。
ドラクエ4の場合は主人公の地元を復興させる話とか考えていました。
「復興してから長い年月が過ぎ、主人公たちの子孫が登場する話」というものも考えました。ドラクエ4の第2部みたいな感じです。ピサロとロザリーはなんやかんやあって復活して子孫と会ったり。
物語の内容はダイの大冒険+FF4みたいなものだったりFF5を元にしていたり……
パクリじゃないかとか気にする必要はありません。脳内でやる分には自由です。
「ドラクエの世界がどんな宇宙の中にあるか」なんてことも考えていました。
その設定の中だとドラクエ3の世界はドラクエ1・2の世界と別の星。ギアガの大穴を通るとでっかい旅の扉があってドラクエ3の世界からドラクエ1・2の世界へ……という感じ。
ドラクエをメインにする流れは1994年の8月辺りまでやっていたみたいです。最後の話がFF5編で、その終わりがけに黒の結晶付きハドラーを出した覚えがあります。ダイの大冒険(単行本じゃなくてジャンプの連載)でその展開があったのは1994年8月辺りです。
どうしてFF5にハドラー? とかは気にしなくていいです。気分で決めてOK。
さっきからFFの話が出てきています。
元々僕はドラクエばかりしている少年でしたが、高校生のときに友人から勧められてFFを始めました。そしてFF4とFF5はドラクエ4の第2部として消化されました。
ドラクエ5から先はどうしたのか……ドラクエ5を元にした話は考えていましたが、脳内での物語はゲームと別のものを主軸として使うようになっていきました。
第2の時期(高校生の途中~大学卒業後)

FFを僕に教えた友人は他のものも僕に教えていました。その中で最も大きかったのがロボットアニメのNG騎士ラムネ&40でした。
ラムネ&40は「ドキドキスペースという宇宙にいろいろな世界(星)がある」という設定。上の「ドラクエ1・2の星やドラクエ3の星がある」みたいな感じで「別の星に行くと別の作品の物語世界がある」という脳内設定が可能です。
この友人と出会う前ごろ、僕は高校の図書館でライトノベルを読み始めていました。
その中で最もハマったのがフォーチュンクエスト。僕はこの中で「冒険者」というものを知りました。
それまで「モンスターと戦ったりする人」は「勇者とその仲間たち」。「冒険者」というものは勇者などを職業としてよりくっきりさせてくれました。
そういうわけで、脳内の物語におけるラムネ&40は「ラムネたちが冒険者として旅立つ」「やがてドン・ハルマゲ軍団との戦いになる(ここから守護騎士登場)」「ドキドキスペースに出て妖神ゴブーリキを倒す」「他の星に行って他の作品の物語に割り込む」という展開になりました。
高校生のころハマっていたライトノベルにはスレイヤーズもありました。
スレイヤーズの設定では「宇宙には4人の魔王がいる」「魔王と敵対する神々もいる」「神魔の上に立つ存在がいる」ということになっています。この設定も使うことにしました。
ラムネ&40でやることをやったら他の作品を新しいメインに……という感じで僕はまた新しく考えていきました。
- 赤眼の魔王の世界→NG騎士ラムネ&40+フォーチュンクエスト
- 闇を撒くものの世界→覇王大系リューナイト+ソードワールド
- 白霧の世界→赤ずきんチャチャ+ソードワールド
赤眼の云々とかはスレイヤーズに登場する魔王のことです。
僕の脳内だとドキドキスペースのいろいろな星にスレイヤーズ世界の4人の魔王がいてラムネたちもいるわけです。
「+フォーチュンクエスト」「+ソードワールド」と書いてあるのは、ラムネたちがそれらの作品の職業に就いたり技能を持ったりしていると思ってもらえれば大体合っています。
リューナイトはアニメの中で「1000年たったらまた邪竜族が来てえらい騒ぎになるんじゃない?」というのが気になっていました。そのため、アースブレードの決戦の後で邪竜族の世界へ行って邪竜族たちの問題を解決する展開にしました。
FF6とくっつけたこともあります。FF6の魔導アーマーの代わりにリューナイトのソリッドを出したり。主人公たちがリューをまだ使えない時期ならソリッドも強敵のはず。
赤ずきんチャチャはロボットアニメじゃないですが気にしないでください。脳内で自由にやっているので、ソードワールドの技能を持つ冒険者として旅立つこともロボットに乗ることもあります。
「チャチャは魔法の国のお姫様」という設定はあり。マジカルプリンセスもあり。
アニメ版の大魔王はいますがスレイヤーズ世界の魔王・魔族とは別の存在ということにしました。アニメ版で出てくる「魔界の一族」を「神ではなく魔族を信仰して人間を捨てた者」という設定で使い、大魔王はその有力者の1人ということで……スレイヤーズ世界の魔王はやたら強いので勝てません。
「4人の魔王」と言ったわりに上の表では3人しか書いていません。
4人目の世界はチャチャ編の後で使うために取っておきました。3つの物語の主人公たちの子孫が集まってああだこうだ……という最終編のような話を考えていたからです。
しかし、それは主人公たちを軽く考える程度しかしませんでした。
なお、ラムネの子孫はラムネードで仲間にレモネードという人がいる予定。VS騎士ラムネ&40炎が始まったときに被ったと思いました。そのネーミングじゃ被るだろう……
やめる方法・やめさせる方法
こういう見出しを書いておいてなんですが、僕はやめる必要なんてないと思っています。
「考え込みすぎて社会生活に支障をきたした」とかだと困りますが、気分転換やストレス発散になって結果として社会生活をうまく送れるならそれでいいはずです。

こっそりやっている分には問題ないかと。
昔の僕は「こんな遊びをしているのは自分だけだろうな」と思っていました。しかしネット時代の今になってあちこち見渡してみると、同じようなことの経験がある人は結構いました。
僕は職場で小中学生に会うことがあり、「この子は僕と同じことをしている」と気づいたこともあります。先日、大学生まで成長したその子と会ったら今もやっていそうでした。ちゃんと進級して就職できれば別にいいんじゃないでしょうか。
しかし傍から見ると「普通じゃない」と思えてしまいます。やっている本人が「やめたいのにやめられない」となっていることもあるみたいです。
他人がやめさせようとしても無理です。余計やめなくなります。
僕はどうかと言うと、上のチャチャ編で区切りを付けてからやっていません。ここにやめる方法の答えがあります。
僕がやめたのは生活環境が変わったからです。
僕が働き始めてしばらくしてから、僕と仲の悪かった母が家出して弟が彼女の家に転がり込みました。
「また暗い話かよ」と思ったかもしれませんが、逆です。2人は僕が好きなものを腐したりする存在。つまりこれは明るい話です。
僕が頭の中で遊んでいたのは頭の外で遊ぶのを邪魔する人がいたから。つまり、束縛するものがなくなれば自然にやめます。
他にも「外側での遊びが足りなかったりつまらなかったりするから内側で遊び続ける」というのもあると思います。
やめさせたいならもっと楽しめるものを提示してみたらどうでしょうかね。北風と太陽です。わざわざ内側で遊んでいるのはそうする理由があるからなので、なかなか難しいとは思いますが。
なお、母は数年たって戻ってきました。
僕は「自分が出ていかないといけないか」ということに……腹は立ちますが、僕は自由な生活を新しく作れたからこれ以上関わってこなければOKということで……
脳内の物語あれこれ

自分は出ないの?
世間の様子を見てみると、「脳内の物語では自分が主人公」という脳内設定もよくあるようです。
僕はあまりそういうことをしていないです。せいぜいドラクエで本名プレイ(主人公の名前を本名にすること)を経験した程度。
しかし、その主人公が僕自身だという感覚があったかどうかは怪しいです。脳内キャラとそれを見下ろしている自分は別々と言うか。
最強キャラじゃないの?
世間の様子を見てみると、「主人公は最強!」という脳内設定もよくあるようです。
僕の場合、それは確実にやっていません。スレイヤーズを履修したことで「主人公は最強じゃない(作中世界にはもっと強い存在がごろごろいる)」という感覚が身に付いたんじゃないでしょうか。
いろいろな作品をそのままの形で楽しめないのか……
FFやラムネを僕に勧めてくれた友人は二次創作に対してそう言っていました。
いやいや、好きだからこそ新しいものをくっつけたりして別の方向からも楽しみたくない?
ネタが被ることはある?
上にもラムネードの名前のことが書いてあるように、公式の方々とネタが被ることはあります。
僕はそういうことがあると嬉しいです。解釈が一致したようなものです。
他の被ったことには「魔法の力で動く戦艦」というものがありました。
僕の友人はあるアニメを見た後で「こんな設定初めて見た!」と驚いていましたが、僕はもっと前から考えていた(スレイヤーズのゴーレムから連想していた)ので勝手に喜んでいました。
終わりに
上から順に見ると、ラムネだのリューナイトだのかなりの作品にリンクが張ってあると気づくかもしれません。
これは僕が随分前からこの記事を書くために用意していたからです。「満を持して」と言うほど大した話じゃないんですが。
「やめてからどうしたのか」という話もありますが、それはまた別の機会に。
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